映画『プロメア』を観て、バリントン・J・ベイリー『時間衝突』を思ったこと

eulanov
15 min readDec 4, 2020

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これは「本棚の本を紹介する Advent Calendar 2020」の5日目の記事です。

はじめに

先日、友人連中とオンラインで飲みながら一緒に『プロメア』を見たんすよ。あたくし、それまで『プロメア』って作品のことをぜんぜん知らなかったのよね。Amazonプライムビデオでサムネイルを見て「あー、これ、アニメなの?」ってボヤくレベルで。んで、事情も分からぬままに絵や物語に茶々を入れながら眺めているうちに、あたしゃだんだん楽しくなってきちゃって興奮してしまったのです。なぜかって? 映画が終わってから、思わず叫びました。

「これ、ベイリーじゃん!!!」

はあっ?と返されました。悲しいです。ゆえに、バリントン・J・ベイリー『時間衝突』の話をします。

こんな人におすすめ!

以下のいずれかに「おっ!?」と思う方は、ぜひお試しください。

  • 華麗なる想像力の渦巻く奔流
  • 奇想天外にして奇妙奇天烈なアイデア
  • 他のだれにも書けない小説

どんな小説?

時間が衝突するSFです。以上。おわり。

「不親切すぎるだろ!」と怒られましても、だって、タイトルにもそう書いてあるしー、ほんとに時間が衝突する話なんだものー。
じゃあ、もうちょい詳しく書きますと…

人類にとって時間は現在から未来に流れるものですが、実は(人類から見ると)未来から現在へと流れる時間のなかに住むエイリアンも存在したのです。タイムマシンに乗り込んだ学者らによる調査の結果、人類の時間とエイリアンの時間の進行方向は交差しており、このままだと互いの時間が衝突してしまうことがわかりました。ふたつの時間の衝突による影響は甚大です。このままだと人類もエイリアンも、互いの時間もろとも滅亡してしまうでしょう。すなわち、人類とエイリアンは文字どおり「未来の平和」を賭けて戦争をしなければならないのです!

「なんだかわからんがすげぇ!」と思った人はすぐ買いましょう。

「いやいや! 親殺しのパラドックスは解決できないだろ! エントロピーはどうなってるんだ! 相対論ガン無視かよ!」と思った人、大丈夫。そういう時間にまつわるあれやこれやの制約を十把一絡げにねじ伏せるベイリー流の時間理論こそが本書の主眼です。お楽しみに。

「難しそうかな…」と思った人、安心してください。矢継ぎ早に繰り出される破天荒なアイデアの数々に「やりすぎだろ!」とツッコミを入れつつ気楽に読んでゲラゲラ笑っていただければいいのです。人はこれをバカSFと呼びます。

「このあらすじ、ネタバレじゃね?」と思った人、うん、たしかにちょっぴりネタバレかも。ごめんね。でも言い訳すると、この小説の大ネタは「どうやって時間を衝突させるか?」「時間が衝突するような宇宙はどんな姿をしているのか?」「そんな宇宙で人類はどんな文明を築き上げどんなアイデンティティを持っているのか?」「時間を遡ってくるエイリアン?」などなど、でっかいアイデアを下支えする豊かなイマジネーションにこそあるのです。そしてまったく予想もしなかったところからぶち込まれる衝撃のラスト。

おもしろいの?

さて、ここでベイリーに関して過去に書かれた言及を引用しましょう。

バリントン・J・ベイリーはSFのある本質を体現した作家のひとりだった。文章は下手、キャラは平板、プロットは破綻し、奇想は思いつき程度で整合性がなく、大風呂敷を広げてもたたむことができない。そんな小説がおもしろいはずがないのだが、読むと無類におもしろいのだ。なぜかというと「SFだから」としか理由つけのしようがない。
(殊能将之 — Webサイト「mercysnow official homepage」より。現在は閲覧不可)

もうひとつ。

一見難解そうにみえる外見におびえてはいけない。ベイリーという作家は基本的にばかな話を書きあげて、読者になんとばかな話を書く人だとよろこばれることしか考えていない。ただ単にそれだけのために難解な科学理論から深淵な哲学理論にまでいたる広大な領域を渉猟するばかげた努力が、SFファンの心の琴線に触れるのだ。
(水鏡子 — バリントン・J・ベイリー『シティ5からの脱出』解説より)

ベイリーのアイデアは「置き換えからの連想」によるものです。例えば「空間と時間は等価である」という言葉から、「じゃあ、空間方向じゃなくて時間方向に自由に移動してみようぜ。せっかくだからあっちとこっちをぶつけてみたりしたら、なんかすごそうじゃね?」というノリで執筆にとりかかるのです。

もちろん、長編1本をそんな思い付きだけで続けられるはずもなく、ではどうするかというと、先に引用したとおり、一見それっぽい複雑な理論をイチからでっかくぶち上げて、思弁を重ねて深遠そうにみえる哲学を盛りに盛って、発端となったワンアイデアをめっためたに太らせた挙句に、さらにそのほかたくさんのアイデアをこれでもか!これでもか!という具合にトッピングしていくのです。できあがるものは、いままでに見たことがないような超大盛のエビフライ焼魚トンカツ餃子カレー生姜焼きビーフシチュー焼きそばスパゲティ目玉焼きハンバーグ刺身定食ピザ付きチョコパフェ付きラッシー付きナン付きウーロン茶付きコーヒー付き。間違っても「これは芸術的な作品だ! 色彩のコントラストが美しい! 絶妙なバランスで構築されたこの繊細な造形美を見よ!」だなんて言ってお上品にひとつずつ口に入れるような真似はいけません。「なんて旺盛なサービス精神!」と唖然としつつ眺めてニヤニヤしたあとにしっかり混ぜて食べるのがよいです。いままでに体験したことのない驚異的な味わいを感じることでしょう。

読書は人生を豊かにします。ただしそれは、教訓や教養を得られるという理由だけではありません。自分の来し方から一歩外れた世界を垣間見ることができる楽しみもあるでしょう。そしてSFとは、2.997 や 137.035 に縛られたわれわれの現実とは別の、自由にデザインされた世界を、比喩としてではなくありのままに体験して楽しむことができるジャンルです。われわれは、いったん常識的な法則やプロトコルを忘れて、ただ楽しむためだけに作られた世界を、そのまま甘受して素直に散策すればいいのです。そして、SF史上に燦然と輝く愛すべきアイドルことバリントン・J・ベイリーは、われわれの期待をはるかに上回る遊び心満載のテーマパークを用意して、ふらっと訪れる来場客を手ぐすね引いて待っているのです。

ところで『プロメア』は?

『プロメア』上映会をともにした友人からは、「展開が都合よすぎね?」という意見も出ました。しかし、ベイリーを経験してしまった身にしてみれば

「ご都合主義? 上等だよ! 細かいことは気にすんな! そのおかげで壮大なスケールのなかを自由自在に飛び回る無類に楽しい物語を体験しただろ? どんとこいってなもんだ!」

というわけですよ。ボンコツロボットが偶然漂着したところに偶然親父との因縁を持つヤツがいて偶然密輸業者に出会ったから姫様は帝国に勝てたわけだからね!

多少の脱線ではございますが、「偶然」の扱いについては以下の文章を引用してさらっと流すことにしておきましょう。

小説を書くに当たっては、一方で構造、様式、完結性を与えつつ、他方で人生の不規則性、不合理性、無限の可能性を描き出さねばならず、常にその兼ね合いが難しい。偶然というものは、現実の生活の中では、思いもよらなかった対称の構図で我々を驚かせるが、小説においてそれはむしろ見え透いた構造上の仕掛けであって、それに頼りすぎると物語の迫真性をおびやかすことになりかねない。もちろん、それを許容する度合いは時代によって大いに異なっている。
デイヴィッド・ロッジ — 『小説の技巧』より

ちなみに、やっぱりネタバレはしたくないので明言しませんが、『プロメア』には『時間衝突』と隣接している箇所があります。自分もあとから知ったのですが、『プロメア』の脚本を書いた中島かずきという方は、『キルラキル』という別のアニメにおいてベイリー『カエアンの聖衣』からの影響を公言しているのですね。そりゃあもう、そういうことだよね! すばらしいぜ!

というわけで、あたくしは「プロメアをもっと楽しむためにベイリーを読もう!」と主張しておきます。

関連作品

ほかの作者による、ちょっとした置き換えアイデアを膨らませたSF作品としては、以下のものがあります。

スティーヴン・バクスター『天の筏』

「重力定数を10億倍にしてみたらおもしろそうじゃね?」というアイデア。少年のワクワクドキドキ冒険物語を読んでみたい方におすすめ。

ルーディ・ラッカー『時空の支配者』

「プランク定数をいじってみたらおもしろそうじゃね?」というアイデア。マッドな小説を読んでみたい方におすすめ。

クリストファー・プリースト『逆転世界』

「地球を x²+y²+z²=1 じゃなくて x²+y²-z²=1 にしてみたらおもしろそうじゃね?」というアイデア。異様な世界における認識の変容を体験してみたい方におすすめ。

グレッグ・イーガン『クロックワーク・ロケット』

「時空を x²+y²+z²-t² で測らずに x²+y²+z²+t² にしてみたらおもしろそうじゃね?」というアイデア。相対性理論にチャレンジしてみたい方におすすめ。

書誌情報

時間衝突

著者: バリントン・J・ベイリー(著), 大森望(訳)
発行: 東京創元社 (創元SF文庫)
在庫: あり (2020.12.03 時点)

異星人との戦争で過去の遺産がことごとく失われた地球。異星人が遺した遺跡を調べていた考古学者たちのもとに、驚くべき資料が届けられた。300年前に撮られた一枚の写真に、現在よりはるかに古びた遺跡の姿が写っているのだ。遺跡は年とともに新しくなっているというのか? 彼らは異星人の技術を用いてタイムマシンを開発し、過去へと旅立つ。アイデア派の鬼才が放つ究極の時間SF。

シティ5からの脱出

著者: バリントン・J・ベイリー(著), 浅倉久志(訳), 岡部宏之(訳), 小隅黎(訳), 安田均(訳)
発行: 早川書房 (ハヤカワ文庫SF)
在庫: なし

全宇宙は収縮の一途をたどっていた。なかを漂うドーム都市”シティ5”もまた、直径数キロの宇宙に閉じ込められたまま、終焉を迎えるかに見えた。反体制派が核子ロケットを奪いに宇宙に飛び立つが、乗員が虚無の彼方に見たものとは?--奔放なアイデアで描く表題作ほか、異星人が国王として君臨するイギリスの物語「王様の家来がみんな寄っても」、チェスの騎士が物語るあまりにも異質な宇宙の姿……「宇宙の探求」など、ワイドスクリーン・バロックの鬼才として著名な作者が、奔流のようなアイデアと、めくるめく華麗なイメージで読者を魅了する九篇を収録した傑作短編集!

カエアンの聖衣

著者: バリントン・J・ベイリー(著), 大森望(訳)
発行: 早川書房 (ハヤカワ文庫SF)
在庫: あり (2020.12.03 時点)

服は人なり、という衣装哲学を具現したカエアン製の衣装は、敵対しているザイオード人らをも魅了し、高額で闇取引されていた。衣装を満載したカエアンの宇宙船が難破したという情報をつかんだザイオードの密貿易業者の一団は衣装奪取に向かう。しかし、彼らが回収した衣装には、想像を超える能力を秘めたスーツが含まれていた……後世のクリエイターに多くの影響を遺した英SF界の奇才による傑作の新訳版。星雲賞受賞作。解説/中島かずき

天の筏

著者: スティーヴン・バクスター(著), 古沢嘉通(訳)
発行: 早川書房 (ハヤカワ文庫SF)
在庫: なし

重力定数が10億倍の宇宙に迷いこんだ宇宙船乗組員の末裔たちは、呼吸可能な大気に満たされた<星雲>で生き延びていた。彼らは宇宙船の残骸である円盤状の筏<ラフト>を中心にして社会を形成し過酷な環境に耐えてきたのだが、<星雲>の寿命が残り少なくなったいま、人々の命運も尽きようとしている…。この危機を打開すべく、勇気と好奇心にあふれる少年リースの冒険が始まった。ハードSFの気鋭が放つ、長篇第1作。

時空の支配者

著者: ルーディ・ラッカー(著), 黒丸尚(訳)
発行: 早川書房 (ハヤカワ文庫SF)
在庫: なし

自前の会社が倒産して以来、いささか人生に退屈していたぼくの前に突然、拇指サイズの小人が出現した。小人は悪友のハリイ・ガーバーで、自分が時空支配装置を発明したことを告げるために未来からやってきたのだという。これで世界はぼくらのもの、と喜んだまではよかったが、時間と空間をもてあそぶうち、危険な寄生頭脳をこの世に招き入れてしまった。鬼才ラッカーの奔放なアイデアが大爆発する、ポップなSF狂騒曲。

逆転世界

著者: クリストファー・プリースト(著), 安田均(訳)
発行: 東京創元社 (創元SF文庫)
在庫: なし

〈地球市〉と呼ばれるその世界は全長1500フィート、7層からなる要塞のごとき都市だった。しかも年に36.5マイルずつレール上を進む、可動式都市である。この閉鎖空間に生まれ育った主人公ヘルワードは成人し、初めて外界に出た……そこは月も太陽もいびつに歪んだ異様な世界!? 鬼才作家の最高傑作。

クロックワーク・ロケット

著者: グレッグ・イーガン(著), 山岸真(訳), 中村融(訳)
発行: 早川書房 (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)
在庫: あり (2020.12.03時点)

わたしたちの世界とは少し違う、別の物理法則に支配された宇宙。奇妙な現象「疾走星」の増加を調べる女性物理学者ヤルダは、彼女たちの惑星が壊滅間近であることを知る。危機回避のための策は、いまのヤルダたちにはない。しかし巨大ロケットを建造して深宇宙に送りだせば、この宇宙の特異性のためロケット内では無限の時間が生みだされる。惑星上での数年のうちに現在よりはるかに科学技術を発展させ、惑星を救えるにちがいない! 計画への無理解と批判にさらされながら、ヤルダたちはこの前代未聞の大事業に取りかかるが……。現代最高のSF作家イーガンの宇宙SF三部作、開幕!

小説の技巧

著者: デイヴィッド・ロッジ(著), 柴田元幸(訳), 斎藤兆史(訳)
発行: 白水社
在庫: あり (2020.12.03時点)

小説愛好家・作家志望者必読!
読者を小説世界に引きずりこむために作家は書き出しにどんな工夫を凝らしているか。サスペンスを持続させるにはいかなる妙技が必要か。登場人物の名前がもつ意味は。「エマ」「ユリシーズ」から「ライ麦畑」「日の名残り」まで、古今の名作を題材にその技法を解明し、小説味読の楽しみを倍加させる一書。

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